あの日




君は、泣いていた。公園のベンチに一人座り、ハンカチに顔をうずめて。
僕は、それを見てしまった。
声をかけようかどうしようか迷った。
だが、僕は、何も言う事が出来ない。
君が、泣き止むのをそっと、見ていた。
君は、目を赤くし、家に帰っていった。


「待った?」
「ううん、全然」
彼女は、首を振った。
「よりこは、いつも先に来てるものな、たまには俺が先に来て待っていたいものだよ」
「さあ、行きましょうか」
彼女は、僕の言う事など無視するかのように言った。
「何処に行く」
「それは、男が決めることだぞ」
彼女は微笑んだ。
「そういわれてもな、行くところがないんだよ」
「まったく、男でしょ、頼りないんだから」
「それは、男女差別にならないかい」
「そんなの、なるわけないじゃない、ばっかじゃあないの」
「そうか」
「きゃっ、ちょっとー、おしりを叩かないでよね、これって、セクハラよ」
「なーに、言っているんだ、まんざらでもないだろう」
「それも、セクハラね、だいたい、おやじみたいな事言うんじゃあないの」
「はい、はい」
「はいは、一回でよろしい」
「お前は、先生か」
「まったく、で、何処行くの」
「そうだな、腹減ってないか」
「減っていない、それより、映画でも観にいこうよ」
「嫌だね、映画っていったって、どうせ、お前の観るものはつまらないだろう、アクションがないんだよ」
「そういう映画を観て、感傷に浸るってこと、君はないのかね」
「ああ、ないね、俺は鉄の心をもっているんだ」
「あっそう」

二人は、結局、映画を観た。
彼女には面白くても、彼には面白くない映画だった。
映画は、公園から出た男女二人が、映画館へと向かった。その途中で、男が急に倒れた。
女は、途方にくれた。そこへ、一人の男がやってきた。一人の男は倒れた男を担ぎ上げ病院へ連れて行った。
男は、その病院で死んだ。急性心不全だった。
女は、途方にくれたが、その救ってくれた男と親しくなった。
でも、女は、死んだ男への思いと、救ってくれた男との狭間で苦しんだ。
つまらなかった。
「何が、いいのか、俺にはさっぱりわからないよ」
「・・・」
「なにもさ、そんなに感傷に浸ることないじゃあないか」
「・・・」
彼女はうつむいて何も答えない。

誰も、救ってくれなかったんだ。
男が来ることもなければ、病院に行くこともなかった。

歩いていたら、突然車が来たんだ。
一瞬だった。彼女の丸くした目を見て、大きな音がした。

それから、彼女をいつも公園で見るようになったんだ。
いつも、目を赤くしているから、今日こそは今日こそはと思った。
だけど、僕は彼女を知っていた。
ずーと、前から。
空が急に明るくなった。
彼女は、泣くのを止めた。
「もう、やめてよ、それってセクハラよ」
彼女の声が聞こえた。




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